ただの人ですが、何か?

こんにちは。

ぺこぽんです。

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よかったら、まずは、こちらから読んでいただけると嬉しいです。

はじめに 〜ほんの小さな絆から始まる新しい人生〜

さて、僕は、ついこの間までサラリーマンをやっていました。

今は、辞めて、何種類かの収入を得ながら、そして、今ここで皆さんをお誘いしているビジネスを紹介することなんかもしながら、割とのんびりとした生活をしています。

なんで辞めたかというと、答えは単純なんです。

自由な時間が欲しかった(笑)

かつての勤め先は、割と収入も悪くなく、ボーナスの額も大きく、潰れる心配もなく、ガチガチに融通の利かない堅いイメージのところだったんです。

と、これ以上書くと何の仕事か瞬時にバレそうなんで(笑)、もう、この辺にしときますが。

それなりの期間勤めていたので退職金もある程度はもらえたのですが、私の住む世間の狭いこの田舎の町でそこを退職する、というのは、周りの人たちからすれば、バクチ的な暴挙のように見られたものです。

「馬鹿か、あいつは?」と😅

で、退職した日のことは、あまり、よく覚えていません。

何か、長い月日をかけてプライベートの時間より多い人生の時間を捧げた組織を去ることについて、皆の前で感慨らしきものを語ったような気がするんですが、ほとんどその日のことは印象に残っていません。

むしろ、ありありと覚えているのは、職場に退職を告げた日のこと。

朝一番に上司に退職の意思を伝えに行ったんですが、その瞬間は肩の荷が一気に下りて凄まじい解放感が湧き上がってきたのを覚えています。

「やっほー!!!」

ところが、それはほんの一瞬だった(笑)

その日の昼休みには、もう、言い知れぬ恐怖が襲ってきたんですね。

何を思ったかというと、

「俺は、もう、来月からただの人だ」

という当たり前のこと(笑)

今は、この「ただの人」であることがどれだけ人生を気楽で豊かにしてくれるか、を知っています。

ところが、その当時は、「ただの人」になることに結構な恐怖が襲ってきたんですね。

で、例えば、うちの親父。

親父はかつて教職員だったんですが、定年退職してしばらくは過去のスキルを活かしてパートみたいなことをやっていました。

ところが、年金がもらえるようになると、その仕事もなくなっちゃった。

で、生活には全然困らないような年金暮らしが始まったんだけど、親父は、急に、鬱みたいな状態になって、そのこととは直接関係はありませんが、あっという間に体も壊して死んでしまったんですね。

自由の身になってからは、割とあっけなかった。

それまで43年間自分は「先生」だったのに、それが「ただの人」になってしまったことへのショックというものは、相当デカかったわけです。

つまり、その後の生活が経済的に安心なのか心配なのか、だけが人の人生の安心感に影響を与えているわけではない、ということを言っておきたいんです。

世の中の多くの人は、始めは、「お金を稼ぐため」にその仕事を始めたはずなんですよね。

でも、不思議なことに、働いているうちにいつの間にか、その「お金を稼ぐため」という最初の目的のことは、ほとんどの人は、目的の一番ではなくなっていく。

「私はここで働いている」というただそれだけの幸せと何の関係もない事実が、もはや、私の存在を許し受け入れてくれる証明のようにすら感じられてくる、ということ。

これは、何も43年間もこの道一筋に勤め上げたサラリーマンに限ったことじゃないんですよね。

パートやアルバイトだって、まったく同じ。

例えば、家から東に100m先のところにあるスーパーで、パートタイムの仕事を2年間やってみるといいと思うんです。

そこでちょっと気に入らないことがあったからといって、じゃあ、すぐに今度は同じスキルを生かせる家から西に100m先のところにある別のスーパーに乗り換えよう、と思ったら、何の心の抵抗もなくすんなり、ってことは意外とできないでしょ?

ちょっとは、色々と心が騒ぐはず。

頭の理屈では「気軽な転職」だとわかっていても、実際には、そうは思えないはずです。

つまり、「何をしている私」であれ、人は、いつの間にかそのことが私が存在していい理由のように思えてくる、ということ。

人は社会的な生き物である以上、そんな気持ちになっちゃうことはある程度仕方のないことであってそれ自体は決して悪いことではないと思うんですが、多くのケースで、人は「何をしている私」の中に本来の自分の幸せを見失ったまま、労働量や人間関係で極端な無理や我慢をさせられてしまうことが多いんですよね。

仕事の苦労で体を壊しちゃう人もいる。

仮に、あなたが仕事で体を壊して死んだとしても、仕事があなたのために泣いて悲しんでくれるか、というとそんなことはない。

今日から「使えなくなった人」ということでおしまい。

だから、あまり深刻にならなくていいじゃん、ってことを僕はここで提案していきたい。

「ただの人」でいいんだよ、と(笑)

かといって、思い切った脱サラをお勧めしているわけではないんですよ。

もし、脱サラをやるんなら、僕と違って計画的にやって下さいね(笑)

そんなことより大事なのは、自分の幸せのために仕事を選んだのであって、仕事のために自分が存在するわけではない、ということを忘れないでいることです。

無理は禁物。

ということで、今日はこの辺にさせて下さい。

では、また。

どうぞ、今日も、気楽な一日を。

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